ビル・エバンス:ピアノに命を賭けた男の名作、名演(中期・後期の名盤を探る)
これはBill Evans (1929年8月16日―1980年9月15日)についての記事です。
(注)Evans の片仮名表記は記事の題では、日本での慣例に従って「エバンス」にしましたが、本文中では最も正確と思われる「エヴァンズ」表記としています。
前回⇒ビル・エバンスの名演・名盤を聴こう!ジャズに命を懸けた男が弾くピアノ(その1)
という記事を書いて1959年~62年のエヴァンズ作品をまとめました。
今回はそれ以降、死ぬまでのエヴァンズの名作を探索したいと思います。
「ジャズに命を懸けた男が弾くピアノ」と書きましたが、その言葉が本当であることは、この2回目の方で証明されます。
前回の記事ではスコット・ラファロとの共演のRiverside4部作などを含んでいました。
それはもちろん歴史に残る名作でしたが、
エヴァンズの本当に凄い、命を削るような鬼気迫る演奏は、後期に現れるからです。
では’63年以降のエヴァンズの録音をたどりましょう。
’63~’67
■At Shelly’s Manne- Hole (’63)
これは’63年録音のベストと言えるアルバムです。
チャック・イスラエル(bass)、ラリー・バンカー(drums)のセカンドトリオで、カリフォルニアのShelly’s Manne-Holeに出演した時のライブアルバムです。
非常にリラックスして、安定した演奏です。
録音も非常に良いので、イスラエルのベースもキレイに捉えられています。
スタンダード曲を中心に、どちらかといえば軽快なエヴァンズが聴けます。
楽しいアルバムと言えるでしょう。
■Trio ’64
このアルバムの特徴は何といってもゲイリー・ピーコックをベースに迎えたことです。(ピーコックとの録音はこれ1枚だけと思います)ドラムはポール・モチアンに戻っています。
これもどちらかと言えば軽快な演奏で、このころのエヴァンズは精神状態がが安定していたのかな、と思ったりします。
このアルバムはなかなか人気が高いようですね。
1曲聴きましょう。〈My Heart Stood Still〉
ピーコック、いいですね。このTrioでもっと聴きたかったという気にさせます。
ご存知のようにピーコックはその後キース・ジャレットのスタンダードトリオのベーシストになりました。
これも忘れられない1枚です。
いいジャケット写真ですが、そこに映っている通り、ドラムがシェリーマン。
そしてエディ・ゴメスとの初録音です。
ここから10年以上に渡ってビル・エヴァンズ・トリオのベーシストはゴメスが勤めることになります。
完全に誤解されるタイトルですが、ニューヨーク、ヴィレッジ・ヴァンガードでのライブ録音です。
ドラムスがまたフィリー・ジョー・ジョーンズです。
レコード時代にはLP2枚でしたがこうして1枚のCDになっています。
エヴァンズの愛奏曲をたくさんやってくれているので、楽しめる1枚です。
モントルー・ジャズ・フェスティヴァルの記録
スイス・モントルー・ジャズ・フェスの記録は3枚ありますが、(’68、’70、’75)何といっても1枚目が有名です。
1枚目はドラムスがジャック・ディジョネットであるところが聴きどころですね。
個人的には2枚目の方も愛聴しています。(ピート・ターナーのジャケット写真に惹かれているところもあるかもしれません)こちらの1曲目〈Very Early〉が初出とは随分と違う印象で愉しい演奏になっています。
しかし、聴くのはやはりⅠからにしましょう。ゴメス、ディジョネットのトリオで〈Mother Of Earl〉
このモントルーでのライブは、どちらも(ⅠもⅡも)エヴァンズのアルバムの中では、無条件に、文句なしに、楽しめるアルバムだと思います。
ソロ・アルバム
エヴァンズは多分7枚のソロ・アルバムを残していると思いますが、私は次の2枚が好きです。
エヴァンズが音楽にかける意気込みが伝わるソロ演奏です。
ソロセッションズVol.2の方から 〈all the things you are〉を聴きます。
〈Alone Again〉での圧巻は11分余に及ぶ〈People〉です。
もともとバーバラ・ストレイザンドが歌ったポピュラー曲なのですが、徐々に「音楽の鬼」と化してゆくエヴァンズを捉えた壮絶ドキュメントと言えます。一度は聴くべき演奏です。
これらのアルバムは、ソロという形でエヴァンズの音楽を純粋に聴くことが出来るものですし、ジャズのソロ・ピアノ・アルバムの傑作です。
その他の70年代秀作
この2枚も優れたライブ・アルバムです。
1枚目が’73年の東京、2枚目が’74年NYC,Village Vanguard でのライブです。どちらもゴメス(ベース)、マーティ・モレル(ドラムス)です。
●1976年に出たQuintessence というアルバムも忘れられないアルバムです。
Harold Land-tenor sax
Kenny Burrell-guitar
Ray Brown-bass
Philly Joe Jones- drums
というエヴァンズとしては珍しいメンバーで聴かせてくれました。
1曲聴きましょう。〈Martina〉
素晴らしいジャズですね!。 他の曲も素敵な演奏です。
エヴァンズの紹介の中では、出てこないかも知れませんが私は大好きなな1枚です。
この種のメンバーでもっと録音を残して欲しかったと、また思ってしまいます。
余りにも切ない2枚のアルバム
この2枚のアルバム、どちらも1977年に録音されました。
ベースはエディ・ゴメスでドラムスはエリオット・ジグムンドです。
どちらも大変美しい演奏ですが、(少し大げさな言い方かも知れませんが)死の匂いがします。美しすぎるからです。
1枚目の〈You Must~〉はあるいはセンチメンタル過ぎるかも知れません。
エヴァンズ死後に追悼盤としてリリースされました。
それに対して2枚目の〈I Will Say Goodbye〉の方は、甘さに流れ過ぎず、その硬質なリリシズムはエヴァンズしかできないと思わせる情感を漂わせた名盤です。
それぞれのアルバムから1曲づつ聴くことにします。
1枚目からはタイトル曲の〈You Must Believe in Spring〉ミシェル・ルグランの曲です。
2枚目からは、同様にM.ルグランによるタイトル曲〈I Will Say Goodbye〉です。
*ミシェル・ルグラン は本当に美しい曲をたくさん書いています。
この2枚はエヴァンズのピアノ人生を辿る時どうしても外せないアルバムだと思います。
*もしあなたが「初めてエヴァンズを買うのだけど…」というのであれば、私は〈I Will Say~〉をお勧めします。Riverside4部作はその後からでも遅くはありません。
ラスト・トリオ
いよいよラストのトリオになります。
マーク・ジョンソン(ベース)、ジョー・ラバーべラ(ドラムス)
Marc Johnson (b), Joe LaBarbera (d) です。
このトリオ、期間はわずか1年余でした。
■The Paris Concert(Ⅰ&Ⅱ)
1979/11/26 録音
最後のトリオのベーシストとして、マーク・ジョンソンを迎えたことはエヴァンズにとって、とても喜ばしいことだったでしょう。
エヴァンズ自身がそのような発言を残しています。
このアルバムでの演奏は、スタンダード曲も良いのですが、私はⅠの初めの3曲がとても印象に残ります。
1.君の愛のために(ポール・サイモン)
2.クワイエット・ナウ(デニー・ザイトリン)
3.ノエルのテーマ(ミシェル・ルグラン)
の3曲です。
1枚目1曲目〈I Do It For Your Love〉「君の愛のために」を聴きます。
●そしてⅡ では17分半の長さのNARDISを始めとして、Ⅰ以上にエキサイティングな演奏が繰り広げられています。
*このパリでの2枚は、私にはエヴァンズミュージックの集大成のようにも聞こえます。
☆ ☆ ☆
そして、いよいよ死の直前の演奏になります。
■Highlights from Turn Out The Stars
■ Consecration
1980/08/31&09/07 録音
死の8日前を含むもの。ⅠとⅡがある。
サンフランシスコ、キーストン・クラブでのライブ。
音楽そのものは、もはや言葉でどうのこうのと表現できるものではありません。
鬼気迫るもの・・・としか言いようがありません。音楽に命を懸けた男がまさに骨身を削るように演奏しているのですから。
まとめ
エヴァンズはこのように死の直前まで、ライブ演奏を続けていました。
永年の過度の飲酒と麻薬常用、それに伴う肝硬変で彼の身体はボロボロだったと言われます。
周りも(共演者を含め)病院に入ることを勧めたが、エヴァンズは結局死の5日前まで演奏を続けたそうです。
その腫れあがった指は「よくこんな指で・・・」と言葉を失うほどのひどさだったと書かれています。
一番最初に(この前の記事で)、「彼の死はまるで世界で一番時間をかけた自殺のようだった」という言葉を引用しましたが、エヴァンズにとって生きることは、音楽を演奏することと同義だったようです。
音楽を演奏していないで、生きている自分を想像できない人だったと思われます。
その(録音が残されている)20数年の音楽活動でもちろん、その音楽は変化もしましたし、時によって随分印象が異なる演奏もしています。
しかし、どの演奏も人の心を捉えて離さない音楽だったと思います。
これほど感動的な音楽たちを残してくれたビル・エヴァンズに、音楽ファンとして感謝をしなくてはなりません。
〇エヴァンズの音楽はその後に続く多くのプレイヤーにも間接的、直接的に多くの影響を与えました。
世界中にエヴァンズ派のピアニストが現れることになりました。
例えばイタリアのエンリコ・ピエラヌンツゥイ、ロシアのウラジミール・シャフラノフ。
キース・ジャレットもエヴァンズに大きな影響を受けたピアニストと言って差し支えないでしょう。
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