村上春樹の短編集「東京奇譚集」の魅力
村上春樹は短編の名手だと思います。
「東京奇譚集」はその中でも特に好きな短編集です。
(村上春樹の短編集は全て好きなんですけど)
その魅力に迫ってみたいと思います。
2005年に単行本初版が出てその後文庫化されています。
5編の短編
「東京奇譚集」には5つの短編が収められています。
好きな順に並べます。
1.偶然の旅人
2.品川猿
3.ハナレイ・ベイ
4.日々移動する腎臓のかたちをした石
5.どこであれそれが見つかりそうな場所で
******************
最初の4編が好きです。
出来ればその4編の作品の魅力について書きたいと思います。
偶然の旅人
については、私はこのブログでも既にあちこちで触れています。
それだけ気になる短編、好きな短編ということです。
直接的にはここで書いています。
この短編を一口でまとめると「様々な不思議な偶然の重なりの物語」のような感じでしょうか。
秀逸なのはその主人公に ホモセクシュアルのピアノ調律師 を設定していることです。
これだけでもうこの短編は半分成功したようなものです。
だっていかにも居そうではないですか。ホモセクシュアルのピアノ調律師。
昨年末にNHK/BSで「もう一つのショパンコンクール」というドキュメンタリー番組があって、そこに越智晃氏というFAZIOLIというピアノメーカーのたった一人の天才調律師が描かれた時、私は即座にこの短編を思い出しました。
だからこの番組について書いた時、我慢できずに「偶然の旅人」のことも書きました。
ピアノ調律師とある人妻(←人妻なんて言葉は村上春樹は使いません)が出会うシーンも、こんな偶然の出来事として描かれています。
主人公は神奈川県にあるショッピング・モールにホンダのオープン・2シーター(マニュアルシフト)で出かけ、気に入っているカフェ(音楽が全く流れていない、全席禁煙、椅子のクッションが本を読むのに理想的)で、じっくりと本に読みふける。
(筆者注:村上作品はディテールが大事なのです。「ディテールに神が宿る」)
途中でコーヒーのおかわりを注文し、洗面所に行って帰ってきた時、隣の席で本を読んでいた女性が声をかけてきた。
「あなたが読んである本はディッケンズの『荒涼館』ではないのか?」と。
彼女もまた「荒涼館」を読んでいたのでした。
確かに驚くべき偶然だった。平日の朝、閑散としたショッピング・モールの、閑散としたカフェの隣り合った席で、二人の人間が全く同じ本を読んでいる。それも世間に広く流布しているベストセラー小説ではなく、チャールズ・ディッケンズの、あまり一般的とは言えない作品なのだ。
二人は不思議な巡りあわせに驚き、そのせいで初対面のぎこちなさは消えた。
↑1~4まであるので、かなりの長編のようです。
ディケンズは一般的にはこちらのほうがよく読まれているようです。
二人はモールの中のレストランで昼食を取った。
簡単な自己紹介をし合う。
そしてその次の週、同じ時間、同じ場所で二人は会う。
その日は彼女の車(ブルーのプジョー306、オートマチック)で彼女が提案したフランス料理の店へ昼食に行く。
食べたのはクレソンのサラダ、スズキのグリル、グラスの白ワインもとった。ディッケンズの小説について語り合った。
そして、食事が済んでショッピング・モールに帰る途中、彼女は公園の駐車場に車を停め彼の手を握った。
そして彼女は「どこか静かなところへ二人で行きたい」と言う。
しかし彼はゲイなのです。
微妙なところなので、原文を引用します。
「私は結婚してから、こんなことをしたことはありません。一度も」と彼女は言い訳するように言った。「本当です。でもこの1週間ずっとあなたのことを考えていました。面倒なことを持ち出したりしません。迷惑もおかけしません。もちろんもし私のことが嫌じゃなかったらということですけど」
彼は相手の手を優しく握り返し、静かな声で事情を説明した。
もし僕が普通の男であれば喜んで「静かなところ」に行くでしょう。
あなたはとても魅力的な女性だし、一緒に親密な時間を過ごせれば、それは素敵なことだろうと思います。
でも実を言うと、僕は同性愛者なのです。ですから女の人を相手にしたセックスはできません。女性とセックスできるゲイもいますが、僕はそうじゃありません。
どうか理解してください。あなたと友だちになることはできます。でも残念ながらあなたの恋人にはなれません。
実は彼女の方にもそういうことを言い出した深い訳があったのです。
この後は、本で読んで頂きたいものです。
また別の偶然で物語は意外な展開になります。
このあたりの村上春樹のストーリー・テリングの技術と発想力は驚くほど鮮やかです。
上に挙げた4編に共通するのですが、「一体どうやってこのようなストーリーを思いつくのだろう?」と思います。
主人公が自分が同性愛者であることに気付く過程を書いている部分も追記したいと思います。その表現もリアリティーを感じるので、紹介したいのです。
彼はハンサムだったし、物腰も穏やかだったから高校時代には女の子たちに人気があった。デートなんかもした。しかし、他の男たちのように、女の子にいわゆる性的欲望を感じることはなかった。それについては自分では単に奥手なのだろうと思っていた。
音楽大学に入って同級生の女の子と初めてセックスをする。その時の彼の反応をまた原文引用します。
それはみんなが言うほど気持ち良いものでも、スリリングなものでもなかった。どちらかと言えば粗暴でグロテスクなものであるように思えた。
性的に興奮したときに女性がからだ全体から発する微妙な匂いを、彼はどうしても好きになれなかった。
そうして彼は自分がホモセクシュアルであることに、はっきりと気付いてゆきます。
「偶然の旅人」についてはこれくらいにしておきます。
まとめ ます
◎4編の短編について書くつもりでしたが、こんな調子で書いていたらキリがないことに気付きました^^
◎一つの短編に入れ込み過ぎというか、詳しく書き過ぎでした。
引用も多過ぎますね。
◎とりあえず、ここで終わることにします。
◎他の3篇もなかなか不思議な味わいのある興味深い短編なのですが、またの機会にしたいと思います。