村上春樹の短編「蜂蜜パイ」を推す:またノーベル賞をとれなかった今こそ、その作品を読むべき時だ(ネタバレまくり)

      2017/02/12

今年のノーベル文学賞はボブ・ディランでした。

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最初「えっ、何それ?」と思いましたが、「現代の詩人」ということであるなら、まあ一応納得です。

(*やはり反戦とかが強いようですね。ノーベル賞は)

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毎年恒例の「村上春樹ノーベル文学賞騒ぎ」に一番ウンザリしているのは春樹氏本人ではないでしょうか?

さて、そこで、今こそ 村上春樹を読む時です!

考えました。最も村上春樹らしい作品はどれだろうって。

最も村上春樹らしい作品はどれか?

思いつくのは「ノルウェイの森」でも「世界の終りとハードボイルドワンダーランド」でも「海辺のカフカ」でもありません。

処女作にその作家の全てがあると言われますが、それで言えば「風の歌を聴け」がそうかもしれません。確かに春樹氏らしい作品です。

しかしこの処女作は余りにもアメリカ文学の直截的な匂いがして、代表作と呼ぶには気が引けます。

思い浮かぶのは短編小説ばかりです。

ざっと10作品くらいが頭に浮かぶのですが、涙をのんで4作品に絞り込みました。

(*「午後の最後の芝生」「象の消滅」「偶然の旅人」「タイランド」なども考えましたが)

私が「最も村上春樹らしい作品」と思うのは次の4つの短編作品です。

1.蜂蜜パイ

2.ファミリーアフェア

3.トニー滝谷

4.品川猿

意外でしょうか?

余りに通俗的な選択でしょうか?

余りにセンチメンタルな選択でしょうか?

でもその通俗性、センチメンタリズムに私は村上春樹らしさを感じます。

それで、この4つの短編について書きたいと思うのですが、それは時間がかかり過ぎます。そこでとりあえず「蜂蜜パイ」についてだけ書くことにします。

「蜂蜜パイ」

私が何かの作品を褒めたい、賞賛したいと思う時、いつも言葉を失います。

例えば音楽(レコード)を褒める時、私が使う語彙は

・素晴らしい

・美しい

・カッコいい

くらいです。言葉の貧困なことに我ながらあきれます。

そしていつも「結局は聴いてもらうしかない」と結ぶことになります。

本についても同様です。

ですから「引用」が多くなります。

ここの文章が素晴らしいと思いませんか?ということです。

これを突き詰めると、結局全文引用しなければならない…というアホなことになります。

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「蜂蜜パイ」のことでした。^^

「蜂蜜パイ」は「神の子供たちはみな踊る」という短編集に納められています。納められている6篇の中でこれだけが書き下ろし作品です。

この短編集は通奏低音として「震災」が流れている作品です。
(阪神淡路のほうの震災です。この本は2000年に初版が出ています)

この作品、読み手の感受性の現在の在りようで随分印象が変わるような気がします。

あるいは「アホラしい」と思う方もいるかと思われます。

何しろ1ページ目から「熊のまさきち」が登場します。後では「とんきち」も現れます。

でも安心してください。これは4歳の女の子・沙羅に主人公・淳平が語って聞かせる物語の一節ですから。

沙羅は淳平の娘ではありません。友人と呼ぶには余りに親密な関係なのですが、友人の高槻と小夜子夫婦の娘です。

淳平は大学(早稲田大学文学部とはっきり書いてありますーー春樹氏自身の出身校です)に入ってすぐ高槻と小夜子と友だちになります。

それは高槻主導でそうなったのです。高槻が友人として淳平と小夜子を選び友達になります。

3人はいつも一緒に行動します。しかし淳平は小夜子に惹かれていきます。
引用です↓。

「美しい髪と知的な目をもった娘だった。
いつもカジュアルな服装をして化粧気もなく、派手に人目を引くタイプではないのだが、独特のユーモアの感覚があり、ちょっとした冗談を言う時に悪戯っぽく顔が崩れる瞬間があった。
淳平はその表情を美しいと思った。彼女こそ自分が探し求めていた女性だと確信した。小夜子と出会う前に、恋に落ちたことは一度もなかった」

しかし、小夜子は高槻と結婚します。

淳平より先に高槻が小夜子と「そういう関係」になったのです。

そのことを聞かされた時、淳平は学校を休み、バイトにも行かず、六畳一間の部屋に籠り何も食べず、時々酒を飲んで過ごす。

5日目に小夜子がアパートを訪ねる。

いくつかの会話のあと、淳平は小夜子を抱き寄せる。キスをして、彼女の乳房の柔らかさを胸に感じる。でもそれだけだ。

「駄目よ」と小夜子は静かに言って、首を振った。「それは間違っている」

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「明日から学校に出てきてくれる?私はこれまであなたのような友だちを持ったことが無かったし、あなたは私にいろんなものを与えてくれるのよ。そのことは分ってね」

「でもそれだけじゃ足りないんだね」と淳平は言った。

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高槻は大手の新聞社に就職し、淳平は小説家として生きてゆく道を選ぶ。

30を過ぎたころ小夜子は妊娠し、女の子が産まれる。

淳平はその子の名付け親になる。沙羅。

子供が生まれた日の夜、淳平と高槻は久しぶりに差し向かいで飲む。

「今だから言うけど、小夜子はもともとは、俺よりはお前に惹かれていたんだと思うな」

「まさか」

「まさかでもないさ。俺には分かるんだ。でもお前には分からなかった。お前は確かに気の利いた美しい文章を書くことができる。でも女の気持ちについては水死体より鈍感だ。
いずれにしろ俺は小夜子が好きだったし、替わる女はどこにもいなかった。だから手に入れないわけにはいかなかった。今でも小夜子が世界で一番素晴らしい女だと思っている。
そして俺には小夜子を手に入れる権利があったと思っている」

そう語った高槻だったが、小夜子が妊娠している時から高槻には恋人ができていた。職場の同僚の女性。
沙羅が二歳の誕生日を迎える前、破局は決定的となり、高槻と小夜子は離婚する。

淳平は事態がうまく呑み込めない。「どうして?」沙羅が産まれた夜、高槻は「小夜子が世界で一番素晴らしい女性」だと断定した。それは腹の底から出てきた言葉だった…。

高槻は家を出て恋人と一緒になる。
週に1回高槻は沙羅に会いに来る。その時は必ず淳平が同席することになる。

ある日高槻は淳平に小夜子と一緒になる気はないかと尋ねる。淳平は戸惑う。

「いずれにしろお前はろくでもない馬鹿だよ」と淳平は最後に言った。

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紹介はここまでにしておきます。

私は別のところで村上春樹は恋愛小説を描くのがヘタクソではないかと書きました。
特に長編小説「ノルウェイの森」「国境の南、太陽の西」「1Q84」をけなしました。
そこで描かれる恋人たちは余りにも非現実的に見えました。

しかしこの「蜂蜜パイ」の3人はリアルでした。

恋をしている人、恋のために胸が苦しい人が読むと涙が出るのではないかと思うくらいでした。

おわりに

やはり引用ばかりになりました。

最後も引用です。淳平は決断をします。小説の最後にはこう書かれています。

これまでと違う小説を書こう、と淳平は思う。夜が明けてあたりが明るくなり、その光の中で愛する人々をしっかり抱きとめることを、誰かが夢見て待ちわびているような、そんな小説を。

 

この小説ほどストレートに、村上春樹が自分の心を開いて書いている小説は珍しいのではないでしょうか?

 

そして淳平の宣言のように、村上春樹の小説はこれ以降変化してゆきます。

残念なことにそれは十分に成功してはいないようなのですが。(個人の見解です)

*たったひとつの短編から村上春樹の作風を探ってみました。

追記2005年に出た短編集「東京奇譚集」の中に「日々移動する腎臓のかたちをした石」という短編が収録されています。
主人公はやはり小説家(それも短編小説専門の)なのですが、彼の名前もまた淳平となっています。

そして2013年の長編「色彩を持たない多崎つくると、その巡礼の年」で主人公が深く恋する女性が沙羅という名前です。

このように作品同士が関連し合うという、謎かけのようなことをするのも、村上作品の特徴です。

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