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マイルス・デイビス・クィンテットの黄金期の名盤を聴く

 
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団塊世代ど真ん中です。 定年退職してからアルト・サックスを始めました。 プロのジャズサックス奏者に習っています。 (高校時代にブラスバンドでしたけど当時は自分の楽器を持っていませんでしたので、それっきりになりました) 主にジャズについて自由に書いています。 独断偏見お許しください。
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マイルス・デイビスの音楽を時代別に聴く記事を書いています。

マイルスの音楽が一番大きく変わった、1968~69あたり、アコースティックからエレクトリックに変わってゆくマイルスのグループについてはこちらに書いています。
帝王と呼ばれた男・モードジャズからエレクトリックへの移行期

*アコースティック=電化されていない楽器という意味で使っています。

そしてモードジャズのさきがけとなった「カインド・オブ・ブルー」(1959)というモンスター・アルバムについては単独に書きました。

今回は「カインド・オブ・ブルー」以降 エレクトリック期の前までのマイルスについて書こうと思います。

年号で書くと1960~1967年あたり、ということになります。

この時代はある意味でマイルス・デイビス・クインテットの黄金時代であり、筆者にとっても最も思い入れがあるマイルスの時代です。
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(*なお、この時代、レコード会社で言えば全てColumbia Record  です)

この時期は便宜上テナーサックス奏者によって分類することにします。

マイルス・クインテットにハンク・モブレイがいた頃

Sketches Of Spain (1960)

ギル・エヴァンズのオーケストレーションと組んだ「スケッチ・オブ・スペイン」
16分の「アランフェス協奏曲」が有名ですが、その他の曲もなかなかいいものです。
1年に1回くらいは聴きたい。

Someday My Prince Will Come (1961)

マイルス・デイビス(tp)
ハンク・モブレイ(ts)--1曲を除く
ジョン・コルトレーン(ts)--2曲のみ
ウィントン・ケリー(p)
ポール・チェンバース(b)
ジミ-・コブ(ds)

表紙に写っているのは当時のマイルスの奥さん、フランシスです。
*彼女の名前にちなんだ〈Pfrancing〉という曲もやっています。

このアルバムの特徴を一口で言えば2曲だけのジョン・コルトレーンの参加です。

1曲目の「いつか王子様が」でのモブレイのソロに続く2回目のサックス・ソロで登場する場面もかっこいいのですが、5曲目〈Teo〉でのコルトレーンには参ります。シーツ・オブ・サウンドSheets of Sound です。

しかし果たしてマイルスはこのコルトレーンのソロをどう思ったのか?
この後もう呼ばれなかったことを思うと「こりゃ、あかんわ」だったかもしれません。

この1961年3月時点でのマイルス・グループ+コルトレーンの演奏はとても魅力的かつ貴重です。(これが二人の共演の最後になりました)

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Miles Davis in Person Friday Night at The Blackhawk Vol.1
Miles Davis in Person Saturday Night at The Blackhawk Vol.2 (1961)

今は4枚組のコンプリート・バージョンも出ているが、上の2枚で十分です。

マイルスのこれまでの音楽のヒット・パレードです。

ウィントン・ケリー(ピアノ)、ポール・チェンバース(ベース)、ジミー・コブ(ドラムス)のリズム隊と、マイルスとモブレイ(テナーサックス)のクインテットでのライブ演奏が楽しめる、この時代を総括できる2枚です。

公式盤ではこの後出たのは
■At Carnegie Hall
■Quiet Nights
ですが、この2枚は省略します。

で、1963年に飛んで、さあ、いよいよハンコックとトニー・ウィリアムス登場です。

マイルスのクインテットにジョージ・コールマンがいた頃

Seven Steps To Heaven  (1963)

全6曲が3曲づつ2つのセッションからなっています。

1.Miles Davis(tp),Victor Feldman(P),Ron Carter(b),Frank Butler(ds)

2.Miles Davis(tp),Geoege Coleman(ts),Herbie Hancock(p),Ron Carter(b),Tony Williams(ds)

当然フレッシュな2.のグループの方に話題が集中します。マイルスが最も得意な技、すごい新人を発掘してくる力。 ドラムスのウィリアムズは確かまだ17歳だったはずです。

表題曲〈Seven Steps To Heaven 〉を聴いてみましょう。

5人ともが見事なのですが、ハンコックとウィリアムスの新鮮な演奏にはリアルタイムで聴いた人はひっくり返ったと思います。(今の耳には当たり前かもしれませんが1963年としてはとてつもなく新しい演奏でした)

●この後このグループによるライブ・アルバムが続けて発表されます。

・In Europe (’63)
・My Funny Valentine (’64)
・”Four”&More (’64)
・In Tokyo (’64)
・In Berlin (’64)

“Four”&More (’64)

これぞ(アコースティック)マイルスのライブ・アルバムの金字塔です。

1曲だけ聴くとすればやはり〈Walkin’〉でしょうか。いってみましょう。

これ、JAZZという音楽のカッコよさの極地みたいな演奏ですね!

テナーのジョージ・コールマンだってめちゃくちゃかっこいいです。

が、信じられない高速リズムを叩きだすトニー・ウィリアムスとそれに応じるハンコックの新しいピアノには驚きます。

●それと”Four”&More と双子のアルバム(同日録音・静を集めた方)の My Funny Valentine も忘れられないアルバムです。私はこの2枚気分によって聴き分けています。

 

Miles In Tokyo  (’64)

で、次がIn Tokyo になるのですが、テナーサックスがサム・リバースに替わります。(公式盤ではリバースはこの1枚だけ)

サム・リバースはトニー・ウィリアムスが連れてきたと、中山康樹氏が書いていました。 ここで聴くと、悪くはないのですが、やはりアルバムの統一感で↑↓ のアルバムには負けるでしょうか。
しかしジャケット写真は抜群にイイです。

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マイルスデイビス・クインテットにウェイン・ショーターがいた時代

先を急ぎます。

Miles In Berlin  (’64)

何を隠そう(笑)ここからウェイン・ショーター(ts)が入ります。
そしてマイルス・クインテットのモーダル化が加速します。

*モーダル/モードについては下記記事の一番下の菊地成孔先生の講義を聞いてください。(9分で手際よく解説してくれます)⇒ 

マイルス・デイビス:ジャズの帝王と呼ばれた男の代表作を時代別に選ぶ(その1)

 

このアルバムからは〈Milestones〉を聴きましょう。

テナーがショーターになったことで、ただでも新しかったグループのサウンドがますます、先鋭化していることが分かります。

Live At Plugged Nickel (’65)

録音順で言えば下の〈ESP〉の後なのですが、ライブ・アルバムということでここに置きます。

これ↑は8枚組のコンプリート盤ですが、私が持ってるのは〈Highlights from the Plugged Nickel〉 というダイジェスト盤です。

ダイジェスト盤でも満腹するような密度の濃い演奏なので、とりあえず買われる方はこちらで十分と思います。

■ここまでライブ・アルバムが続いたのですが、この後ショーターを中心にして次の4枚のスタジオ録音盤がリリースされます。

ショーターを中心にした4枚のアルバム

・ESP     (’65)

・Miles Smiles (’66)

・Sorcerer  (’67)

・Nefertiti (’67) 

もう一度この時期のマイルス・デイビス・クインテットのメンバーを確認します。

Miles Davis (tp)
Wayne Shorter (ts)
Herbie Hancock (p)
Ron Carter (b)
Tony Williams (ds)  

上の4枚のアルバムのタイトルからは何となく呪術的(?)な匂いがします。
かなりショーター色が強く、事実ショーターの曲が多く取り上げられています。
私は前から思っていた疑問があるのですが、あの自己顕示欲丸出しのマイルスがよくここまで、ショーターにやりたいことをやらせたものだなー、とちょっと不思議な気がします。

しかしこの時期のライブ映像などを見ると、やはりマイルスは「色々やらせているけど、親分は俺だぜ」というオーラを出してますね^^

1曲だけ聴きましょう。

Footprints(ショーターの曲)/ Miles Smiles より。

Miles Davis Quintet European Tour ’67

という訳で、この時期のマイルス・クインテットのヨーロッパ・ツアーの記録を見ることにします。

この動画1時間以上の長さがあるので、困るのですが、

一口で言えば「モード・ジャズの極北はフリーだった」というような演奏です。

こうしてアコースティック・マイルスの時代は終焉を迎えます。

まとめ

◎この時代(’60~’67)のマイルス・デイビス・クインテットは本当に凄いグループでした。テナー奏者はころころと変わっているのですが。

◎いや、この前のコルトレーンがいて、レッド・ガーランドがピアノを弾いていた時代も素晴らしかったのですが、やはり「カインド・オブ・ブルー」の後のモードジャズに突き進んでゆくこの時代は特別でした。

◎ちなみに村上春樹の「ポートレイト・イン・ジャズ」のマイル・デイヴィス(春樹氏の表記に従いました)の項で選ばれている1枚のマイルスのレコードは ”Four”&More でした。(やっぱり!という思いでした)

ここに出てくるたくさんのレコードの中から1枚を選べと言われたら
私も”Four”&Moreを選ぶでしょう。

Thank you very much for visiting the site

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マイルスについて書いた記事(年代順)
1.⇨ マイルス・デイビスの初期代表作を聴こう!バグス・グル-ブ、マイルストーンズなど 

2.⇨(この記事)
マイルス・デイヴィス・クインテットの黄金期

3.⇨
帝王と呼ばれた男・モードジャズからエレクトリックへの移行期

4.⇨
エレクトリック・マイルスを聴け!ベスト5を選ぶ!

 

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