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村上春樹の長編「ねじまき鳥クロニクル」と短編「偶然の旅人」とジャズの曲名の関係

 
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団塊世代ど真ん中です。 定年退職してからアルト・サックスを始めました。 プロのジャズサックス奏者に習っています。 (高校時代にブラスバンドでしたけど当時は自分の楽器を持っていませんでしたので、それっきりになりました) 主にジャズについて自由に書いています。 独断偏見お許しください。

キャッチ画像は村上春樹氏に属するものです

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村上春樹という作家は音楽と共にある作家です。

その多くの作品に音楽が出てきますし、「ノルウェイの森」「中国行きのスロウボート」などタイトルそのものが音楽のタイトルになっている作品もあります。

ここでは、長編小説「ねじまき鳥クロニクル」とアート・ペッパーの1枚のレコードの関係。

また、短編小説「偶然の旅人」とトミー・フラナガンのレコードとの関係、について書いてみます。

 

ねじまき鳥クロニクル=アート・ペッパーのレコード

大長編「ねじまき鳥クロニクル」は、今では私の最も好きな村上春樹の長編作品になりました。

ずっと「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」が一番好きだったのですが。

さて、その「ねじまき鳥~」に登場する親子がいます。

名前が赤坂ナツメグ(母)と赤坂シナモン(息子)です。

割合重要な役割を果たす登場人物です。

その名前を見た時に「ん?」と思ったことを覚えています。

ヘンな名前だからという訳ではありません。この程度のネーミングは村上作品では特にヘンではありません。 ただ何か引っ掛かる感じがしたのです。 どこかで記憶にあるような…

勿論ナツメグもシナモンも一般名詞ですから、知っている訳ですが、この2つが並ぶことで、かすかに記憶の底を探すような感じになりました。

それから随分経って ジャズのCD アート・ペッパーの「サーフ・ライド」を聴いた時に曲目リストを見て気付きました。

1.Tickle Toe

2.Chili Pepper

3.Susie The Poodle

4.Brown Gold

5.Holiday Flight

6.Surf Ride

7.Straight Life

8.The Way You Look Tonight

9.Cinnamon

10.Nutmeg

11.Thyme Time

12.Art’s Oregano

9曲目が「シナモン」で 10曲目が「ナツメグ」だったのです。

ジャズに精通する村上春樹のことですから、偶然ということは考えられません。

この2つの名詞が並ぶということは、ここからのテイクだと思って間違いないですよね。

私は村上春樹の著作の謎解きをするような関連本も結構読んでいるのですが、このことを指摘した文章はまだ一度も見たことがありません。

*小山鉄郎「村上春樹を読みつくす」(講談社現代新書)では ダンキン・ドーナツを偏愛する村上春樹のことを書いたあとで「(ねじまき鳥クロニクル)第3部ではシナモン・ドーナツから命名されたと思われる赤坂シナモンという青年が出てくるのである」と書いています。(P184)
Art Pepper

Art Pepper

 

*この「ねじ巻き鳥クロニクル」と「サーフライド」の関係について書いた文章に出会ったことはまだありません。

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偶然の旅人=トミー・フラナガンのレコード

「東京奇譚集」という短編集の初めに「偶然の旅人」という作品が置かれています。

この作品もまた私が最も愛する村上春樹の短編小説です。

主人公はホモセクシュアルのピアノ調律師です。

その内容はここでは書きませんが、ともかく偶然の不思議さを主題にした小説です。

この短編の書き出しは私(村上春樹)が遭遇した不思議な出来事を書くことから始まっています。

——————————————————–

1993年~1995年にかけて、村上春樹はマサチューセッツ州ケンブリッジに住んでいた。

そこで大学に属しながら、長編「ねじまき鳥クロニクル」を書いていた。

近所に「レガッタ・バー」というジャズ・クラブがあって、そこで数多くのライブ演奏を聴いた。

そこにある夜、トミー・フラナガン・トリオが出演した。トミー・フラナガンは春樹氏が個人的に最も愛好してきたピアニストだったので、勿論聴きに出かけた。

しかし残念なことに、その夜のトリオの演奏はイマイチだった。
「体調が良くないのかもしれない」などと思いながらも、演奏がイマイチなまま終盤を迎えようとしていた時、「このままでは終わって欲しくないな」と言う気持ちになる。この先トミー・フラナガンの演奏をライブで聴く機会は二度とないかもしれない。そこで春樹氏はちょっとした妄想に入ってゆく。

ちょっと長くなりますが引用します。(ここがポイントなので)

僕はふと考えた。「もし今、トミー・フラナガンに二曲リクエストする権利が自分に与えられたとしたらどんな曲を選ぶだろう?」と。しばらく思い巡らせた末に、選ばれたのは『バルバドス』と『スター・クロスト・ラヴァ―ズ』の二曲だった。
前者はチャーリー・パーカーの曲、後者はデューク・エリントンの曲。
ジャズに詳しくない方のために、いちおう説明しておきたいのだが、どちらも特にポピュラーな曲ではない。演奏される機会はあまり多くない。(略)僕がここであなたに伝えたいのは、それは相当「渋い」選曲だったということである。
(中略ー何故この2曲を選んだのか。それは古い2枚のアルバムでサイドマンとしてフラナガンが演奏しているこの2曲を、聴いた事があるからという説明)
彼がステージを降りて、僕のテーブルまでまっすぐ来て「やあ、君、さっきから見ていると、何か聴きたい曲がありそうじゃないか。よかったら二曲ほどタイトルをあげてみてくれ」と言ってくれないかなと考えながら、じっと彼の姿を見ていた。もちろんそれが見込みのない妄想であることは承知の上で。

しかしフラナガン氏はステージの最後に、何も言わず、こちらをちらりと見ることもなく、その二曲を続けて演奏してくれたのだ! 最初にバラード「スター・クロスト・ラヴァーズ」を。それからアップテンポの「バルバドス」を。 僕はワイン・グラスを手にしたまま、あらゆる言葉を失った。
ジャズファンなら分かって頂けると思うが、星の数ほどあるジャズ曲の中から、ステージの最後にこの二曲が続けて取り上げられる確率なんて、まさに天文学的なものであるはずだ。そしてーーこれがこの話の大きなポイントなのだがーーそれは実にチャーミングな素晴らしい演奏だった。

ーーー下線は筆者

確かに、そんな経験をしたら、言葉を失うほど、驚くに違いない。

しかし、私は村上氏が驚いたことに逆に驚きました。

何故なら私は次のCDを所有しているからです。

1977年、スイスのモントルー・ジャズ・フェスティバルに出演したトミー・フラナガン・トリオのライブアルバムです。

曲目は以下の通りです。

  1. Barbados
  2. Medley: Some Other Spring/Easy Living
  3. Medley: Star Crossed Lovers/Jump For Joy
  4. Woody’n You
  5. Blue Bossa
  6. Heat Wave

少ない演奏曲目の中に、ちゃんと春樹氏が「妄想した」二曲が入っています。

そうすると、トミー・フラナガンはこの二曲をライブで演奏することを、好んでいたのではないか、良くやっていたのではないか、という想定が可能になると思います。
そうであればケンブリッジのジャズクラブでもこの2曲を演ったことは決して天文学的数字の確率にはなりません。
であれば、天文学的確率ですごいのは、数あるジャズ曲の中から、トミー・フラナガンへのリクエストとして、たまたまこの2曲を思いついた春樹氏の頭のほうだということになります。

しかし、さらに思います。春樹氏はこの2曲をリクエストしようと思いついた理由の一つとして、古い別々の2枚のレコード(J.J.Johnson”Dial J.J.5″とPepper Adams&Zoot Sims”Encounter!”--この2枚のレコードは筆者も持っています。どちらも名盤と言えるアルバムです。)での演奏を覚えていたからだと書いてあるのですが、もしかしたら、このモントルー・ライブ’77も聴いたことがあったのではないか。(これはDVDにもなって発売されています)

そして、それを聴いたことを失念していた。「トミー・フラナガンにリクエスト」ということを思った時に、深層心理の底からこの2曲を演奏するトミー・フラナガンが浮かんだのではないか?

ということも考えられないでしょうか。

Tommy Flanagan

Tommy Flanagan

何だか村上春樹氏の文章に難癖をつける、あるいは水をさすようなことを書きましたが、決して悪気はありません。

筆者
村上春樹さん、スミマセン

初めに書いたように、この短編は大好きな小説であり、どんな背景があってもその小説の魅力が減じることはありません。

この「東京奇譚集」には、この「偶然の旅人」以外にも「ハナレイ・ベイ」「品川猿」などの傑作が入っていて、短編集として大好きな1冊です。

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アートペッパー、トミーフラナガンの演奏を実際に聴く

アート・ペッパー Surf Ride を聴きましょう。

問題の曲 Nutmeg です。

 

なかなかステキな演奏ですね。ペッパーのアルトサックス以外にもう1本サックスが聞こえますが、テナーのジャック・モントローズです。ピアノはクロード・ウィリアムソン

トミー・フラナガンの方は「スター・クロスド・ラヴァーズ」を聴きます。

↑実にチャーミングな演奏です。♪ ♪ ♪

おわりに

村上春樹の二つの作品(長編と短編)と、ジャズという音楽の「関連」を探ってみました。

中傷のように思われないかと心配です。決してそんなことはありません。

好きだからこそこうして書いているのです。^^

 

anyway, 最後まで読んで下さってありがとうございました

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