土曜プレミアム・8月13日は「栄光なき天才たち」スティーブ・ウォズニアック、財前宜之、村山聖

      2016/11/10

 

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名もなきヒーローに学ぶ幸せの見つけ方

8月13日21時からの放送、「土曜プレミアム」

の天才の裏にはの天才がいた。

そんな「名もなきヒーロー」にスポットをあてる番組。

●表の天才
●裏の天才
スティーブ・ジョブズ steveJobs
スティーブ・ウォズニアック Steve_Wozniak1
中田英寿 nakatahidetoshi
財前宜之 zaizennn
羽生善治 hanyuY2
村山聖 murayamasatoshi

MCは爆笑問題。

 

質問:上の6人のうち物故者は誰と誰でしょうか?

答え:スティーブ・ジョブズ(56歳)と村山聖(29歳)の2人です。

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番組が始まったらここで、随時追記してゆきます

 

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中田英寿と財前宜之

 

財前宜之と中田英寿の話

ものすごく考えさせられますね。

天才と言われた華麗なプレイヤーと「自分はヘタクソ」と思っているプレイヤー。

財前が中田のことを「準備の天才」と言っていたのが印象的でした。

 

中田ヒデが「うま過ぎて近寄りがたい」とまで言っていたスーパースター財前宜之。

しかし、フル代表に選ばれることも一度もなく、忘れ去られて行った財前。

21才までに3度の大けが(前十字じん帯断裂)をしてしまい、栄光の座から滑り落ちていった天才。

怪我をしないといういうことがプロとして一番大切なことかも知れない。

イチローのことなどを思うと、本当にそう思う。

イチローも「準備の天才」ですよね。

 

中田英寿は財前と同じ年なのだが、自分を人より劣っていると思うからこそ、あらゆる準備、努力をしていた。

外国語に関しても6か国語を習得していたという。

しかし、その中田英寿は29歳の若さで現役引退をした。
(功成り名遂げたから、それが出来たと言えるかもしれないが)

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財前は33才までJ2でプレイをして、その後はタイのリーグで35才まで現役として、プレイしていたとのこと。

[現在の中田英寿と財前宜之]

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何が幸いー幸せかという問題はまた別のところにあるようだ。

挫折と栄光というけど・・・・

太田が「この後の人生はまた分からない」と言っていた。

 

スティーブ・ジョブズとスティーブ・ウォズニアック

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関係者は語る。

『ジョブズの人間性はひどいもので、他人との争いが絶えない「トラブル・メイカー」だった!』

プログラミングも出来なかった。どんな製品も作れない。

たった一人でApple のコンピューターを発明したのは、

スティーブ・ウォズニアック

IQ200を超える天才。 「ウォズの魔法使い」

「ブルーボックス」:どこへでもタダで電話がかけられる違法な製品。ウォズはそれを40ドルの部品で作り上げた。それはウォズにとっては遊びに過ぎなかった。

しかしジョブズが「これを売ろうと」提案して、40ドルで作ったブルーボックスは150ドルで飛ぶように売れた・・・

1975年6月(記念すべき日)ーーウォズはモニターとキーボードからなるパーソナル・コンピューターの原型を一人で発明した。

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それまでのコンピューターは巨大なモノで大企業や大学、公官庁にあるものだった。

個人がコンピューターを持ち操作するということは想定外のことだった。

これがどんなに凄い事だったのか。ウォズニアックがこの時この発明をしなければ、今のパソコン時代はずっと後の事になったかもしれない。みんなが当たり前のように使っているモノも一人の天才の発明だったりわけですね。

この発明を見たジョブズは「売れる!」と判断する。それもまた凄い事だろう。誰も必要を感じていなかったモノを売ろうと思うこと。

作る(発明する)のはウォズ、それを売るアイディアはスティーブ。役割分担。

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Apple社設立。最初のパソコンApple1。 最初はやはり売れなかった。
最先端を走る者が必ず当たる壁。 そしてApple2の成功。 しかし・・・

ジョブズの悪評は高まるばかり。 

ジョブズは、以前ゲーム会社から受け取った5,000ドルの報酬を、ウォズには700ドルと偽り350ドルしか渡していなかった。  ウォズが作ったものなのに、報酬の大部分を横取りしていたことが判明する。

普通なら二人の関係はここで終わるほどの大きな裏切り行為だ。

色々なことがあって、二人ともApple社を去ることになる。

しかし、「君なら世界を変えられる」とジョブズを信じ続けたのはウォズだった。

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Appleが業績不振で倒産の危機に瀕した時、再び呼び戻されたのはスティーブ・ジョブズだった。 そして、iPod, iPhone の成功。

2011年にジョブズが亡くなった時「僕の人生のすべては彼のおかげだ」と涙しながら語るウォズニアック。

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二人の全く異なる資質を持った男の出会い。どちらかがいなくても、あの成功がなかったことを一番良く知っているのが、この二人だったのだろう。

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羽生善治と村山聖

 

羽生善治は26才で史上初の7冠制覇。
 
羽生の名前は将棋ファンでなくとも誰でも知っている。

一方、村山聖(さとし)は29歳でこの世を去った。

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村山は子供の時に原因不明の病気「ネフローゼ」と診断される。
ネフローゼは完治しない病気。

ベッドの上で父と将棋を始める。

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そして将棋に命を懸けるようになる。

「名人になること」が目標。

病と闘いながらの勝負の世界。 這ってでも対局場に向かう。

羽生と村山の初対決は羽生の勝利。

羽生と村山はまさに光と影。

 

運命に祝福されたものと、余りにも過酷な運命を背負わされたもの。

しかし、羽生と村山の対戦成績は6勝6敗の5分。

村山は「膀胱がん」の宣告を受け、手術を受けた。

しかしガンは再発。

1998年二人の最後の対局があった。
結果は、村山は勝っていた勝負を、素人でもやらないような凡ミスで敗戦する・・・。

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1988年8月8日 村山聖死去。享年29。

死後2年が経って本が出て大きな反響があったという。

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聖の死後も実家には羽生から聖宛ての年賀状が届いていたという。

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まとめ

運命という言葉で片づけるには、余りにも対照的な人生を生きたライバルたち。

■ウォズニアックの例は幸せな話だと思う。自分と相棒の資質を良く理解していたのだから。

■中田と財前の話も、対照的なライバルの生き方として、そういうことはスポーツの世界では良くあるのだろうな、と思わせられた。

ほんのちょっとしたことが原因となり、いつの間にか挫折へと滑っていった、本来は成功するはずだった、優れたプレイヤー。

(沢木耕太郎のルポルタージュで野球、ボクシングの世界での栄光と挫折を読んだことがあります)

 

■しかし、羽生という天才棋士の栄光と、村山聖の悲運は余りにも悲しい神のいたずらと思われた。

命があれば・・・何とかなる・・・

明石家さんまの「生きているだけで丸儲け」を思い出したりもします。

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