「母校大学に劣等感、60才男性」という新聞の相談に勝手に答えてみました

      2017/10/06

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新聞の相談に勝手に答えるシリーズ 第5弾! です。

以前 「学歴コンプレックスに悩む50代主婦」 という質問を読売新聞上でみつけ

びっくりして、「勝手に回答」をやりました。

 こちらです。学歴コンプレックスに悩む50代主婦 ⇨

その時の私の回答の趣旨は「あなたのコンプレックスは学歴ではなく、別にあるはず」というものでした。

 

ところが何と今日の読売新聞(10/2)の人生相談欄を見ると、質問は

「母校大学に劣等感 60代男性」というものなのです。

えっ、えー そ、そんな人がいる・・・とまた驚きです。

60代と言えば、人にもよるでしょうが、終活を考える歳ですよね。

それなのにまだ自分の出た大学に劣等感って・・・何なのだろうと、

読みましたよ。

人生相談の内容をよく見る

期待通り(?)の内容でした。

記事写真アップします。

 

一応整理しますね。

相談者は

・大学受験期にノイローゼになって成績が急降下した。

・それで志望校(国立大)のランクを大幅に下げたが不合格だった。

・結果、行きたくない私立大学に行った。

ここまでは一応事実の確認ということで読めます。

 

問題は次からです。

・そのことを未だに後悔している。

・正常な精神状態であったら、もっと偏差値の高い大学や学部に行けたはずだ。

・亡くなった父に話したことがあるが、
父からは「今更そんなことを言ってももう遅い。宿命だと考えて諦めろ」と言われた。

・「日々、挫折感がくすぶっています

 

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えー、冷静になって

相談者の頭の中をもう少し考えてみる

 

◎大学受験の際の経緯は分かりましたが、(大学生活もさぞ面白くなかったことでしょう)
問題は大学を出た後の人生の過ごし方ですよね。

いつまでも、その劣等感や後悔にばかり囚われて、つまり済んでしまった過去ばかりを考えて、生きてこられたのでしょうか?

真剣に考えるなら、何故受験期にノイローゼになったのか?何が問題でそうなったのか?を考えるべきだったのではないでしょうか。自分のどこに問題があったのか。または親(特に父親)との関係に問題があったのか?

そこで、そのことを一応総括できていれば、後は開き直って、次のステップに進めたのではないでしょうか。

学校の成績、偏差値などの尺度以外の価値観を持つことが出来なかったのか、とも思います。

「国立大学のレベルを大幅に下げた」とは 東大→地方の国立大 というようなことだったのでしょうか。 
しかし、そのような大昔のことをいまだに気に病んでることは、病的レベル(?)におかしなことに感じます。

 

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◎もう60代なんでしょう?。一体いつまでそんな生き方をして過ごすんでしょうか。

大学を出てからもう約40年を過ごしたわけですよね。

40年あれば一体何が出来たと思います?

勿体無いですよね。

学歴なんかなくても、頑張ってる人はいくらでもいるじゃないですか。

いや、別に社会的成功を収めたりしなくてもいいんですよ。

やりたいこと、好きなことをやっただけでも良かったんですよね。

あーあ、何という生き方。私ならそっちの方(大学卒業後の過ごし方)をよっぽど後悔しますけどねぇ。

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希望の大学に入っていたら、うまくいったのか?

・あなた(相談者)はもし、希望の大学、学部に入っていれば、違った人生があったはずと思っていますね。
確かに、それは違った人生だったでしょう。

しかし、その違った人生が幸せな(?)実りの多い(?)後悔などしない人生になったとの保証は全く無いことに気づいてあるでしょうか?

希望の大学に入ったら、周りの優秀さにコンプレックスを抱き、うつ病になったという人を知っています。

また、サラリーマン時代には高学歴の人(一流大学出身者)が、ノイローゼやうつ病になって、再起不能になった様子を何人も見てきました。

学歴など、何の保証にもならないことを身をもって感じました。

あなたの性格や考え方だったら、また新たな壁にぶち当たった確率の方が高いと思います。

いや、誰でも必ずそういう時があります。

今度はそっちで後悔や挫折感を味わったのではないでしょうか。

「まとめ」に入ります

もう60代、過去の挫折なんかは忘れて、残りの人生を考えるべきことはあなたにもわかっているはずです。

あなたは今まで生きてきて(大学卒業後に)「生きていて良かった」と思ったことはありますか?

あなたはどんな40年近くを送ってきたのでしょうか?

働いたでしょうし、結婚もされたのでしょうか?

その40年には一切言及がなく、大学に入る時の挫折を未だに思い、新聞に相談などしてる・・・。

その大学受験の挫折は、あなたにとっては「逃げ場」「自己弁護」になってはいないですか?

あの時、病気したから、希望の大学にいけなかったから、その後も何をやってもうまくいかない?

「日々くすぶる劣等感、挫折感」の原因を全て受験時のトラブル、失敗のせいにすることで、現実逃避してあるように感じられてならないのですが、違いますか?

 

新聞の回答

新聞の回答を一応載せます。

回答者の「父親との関係」にスポットし、「父親はとんでもない間違いを犯しました」という回答の仕方には余り納得がゆきませんでした。

 

【参考】参考にはならないかもしれませんが、こんな人生もあるという意味で追記します。

私は、アート・ペッパーというジャズ・ミュージシャンのことをつい最近書きました。

アート・ペッパーの音楽と人生 ⇨

ペッパーの人生は、それこそ挫折の連続、麻薬に溺れ、逮捕、投獄、療養施設を回る人生だった。
人生で最も働き盛りの35才から50才までの15年間を麻薬更生施設で過ごすんです。
そして50才でジャズ・プレイヤーとして再起して56才で死んだんです。

でも彼は自伝の中で、初めて日本に来て公演をした時のことを書いていて「生きていてよかった、と思った」と書いているんですよね。

傍からみるとハチャメチャな人生でも、そういう瞬間を持てたんです・・・・。

あなたの人生とは全く違う人生ですが。

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追記

この記事について「あなた何様?」という声がありました。

それで、私(筆者)自身のことにも触れながら、追記します。

*誰しも人間ですから「あの時、ああしていれば・・・」という後悔はあると思います。

人生は選択の連続です。大きな選択から小さな選択まで。

そして大きな選択の結果が悪ければ、後悔や挫折感が大きいことも分かります。

筆者も大学受験時には3年浪人して、第1希望大学には行けませんでした。

病に関してはうつ病で計9ヶ月の入院も経験しました。

後悔もしましたし、今も悔やむこと(上の2つ以外で)もあります。

しかし、ぶっちゃけた言い方で言えば「まぁ、いいか」と思っています。

そう言ったら「そう思えるあんたはいいけど、そう思えないから悩んでいるんじゃないか」という声が聞こえます。

そうだろうと思います。

しかし、60才を超えて、特に学歴などの後悔やコンプレックスであれば、「もう、いいじゃないですか」としか言いようがないじゃないですか!

少しきつい書き方だったかも知れませんが、今相談者が囚われている雲を抜け出し、晴れた空を見るには「まぁ、いいや」と思うしかないでしょう。

このシリーズで毎回言っている「プライドも捨てないといけないでしょうね。

あなたがいまだに持っている「俺はこんなもんじゃないはずだ」というプライドのことです。

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